小説 ピアノ奏法と音色(5) 2020年12月28日 前半のバロック、古典、ロマン派というクラシック音楽のクラシックらしい様式感と異なる後半最初の曲、フォーレ:ワルツ・カプリース第1番Op30。昭子の抱く霧鐘の調べと違って、エネルギッシュで自信に満ち溢れた硬質な演奏、近現代の音楽様式の違い以上の違和感を抱く。 1967年4月17日(月)日本フィルハーモニー交響楽団第139...
小説 ピアノ奏法と音色(4) 2020年12月14日 ピアニストという同じ道を目指そうとする昭子にとって、一考をもたらす演奏で前半は締めくくられた。中村紘子が舞台袖に下がり、拍手の鳴り止むのを待って、昭子は自席を立ち、ロビーへと向かう。 左右、前の通路からロビーに向けて集まり出ようとする人々。「Xさん、あなたも来てたん。」「あら」っと振り返ったX。「私ちょっとお手洗い。次...
小説 ピアノ奏法と音色(3) 2020年11月30日 暖房が入っているとはいえ、コートを脱いで着席したものかどうか?結局、脱がないままに「すみません。」と着席している2人に礼を示す言葉がけをし、自席に着いた。開演までにはまだ少し時間がある。昭子は改札口で渡された数枚のチラシの中、今日の中村紘子ピアノリサイタルのチラシを取り上げ、自分より1歳年下の者が、ピアニストとして弾く...
小説 ピアノ奏法と音色(2) 2020年11月16日 冬の日の入りは早く、夕方も6時となればあたりは暗く、公園の森をよぎり抜けるには危険がある、と不忍通りの遠回りをすることにした昭子。到着、文化会館の前には大勢の人だかりがあった。 公園通りに隔てられた上野駅から降り立ってくる人。その人たちに混じり昭子も入館する。 広いエントランスロビー。壁掛けに掛けられたピアノを弾く...
小説 ピアノ奏法と音色(1) 2020年10月26日 和歌山での名門高校桐蔭高等学校から東京藝術大学を目指すにあたって、恐らく無理だろうといわれながら、むしろそんな事を言われたがゆえにか、なにくそ、と反骨心を抱き、そのためのレッスンを当時わが国ピアノ界重鎮の一人、井口秋子東京大学教授から受けることになり、東京に行き来していたとはいえ、とんぼ返りの通いで、その文化現況を味...
小説 ピアノ演奏(7) 2020年10月12日 テンポ、拍子、間の取り方、この三点においてベートーベンの32曲のソナタの中でも最も特色の強い曲と言われ、この中期の作品には最終的に第30番31番32番にて完結するソナタを学ぶ上で、必要なすべての要素が納められている。また、ベートーベンの特徴といえる「曲の構成」は哲学的であり、ゆえに彼の自問自答と苦悩を繰り返しながら自ら...
小説 ピアノ演奏(6) 2020年9月21日 「昭子さん」 舞台では始祭の挨拶が地域代表有力者によって繰り広げられ、昭子はかたむけるでもなく耳をかたむけ終わるのを待っていた。 「私の指示に従って舞台にでるんよね」Gは言う。 代表者「・・・実は私は今日、先程まで昭子さんがなんの曲を弾くのか知らされていなかったんです。昭子さんはいっぱい弾きたい曲があって、この話があっ...
小説 ピアノ演奏(5) 2020年9月7日 「昭子、舞台の準備が出来るまでまだ時間があるんだから、今のうちに少しピアノに触らしてもらっていたらどうなん」 「そう、これまでに昭子さんが弾いたことはあったにしても、それとは違って今日は皆さんにきちっとした形で聞いてもらうんだから。指ならしも含め、ピアノの状態をつかんでおくことも大切と思うんだけど」とGもすすめた。 思...
小説 ピアノ演奏(4) 2020年8月24日 静子もEも専門家ではないにしても、素養はあり、今なお愛好家として関わりを持ち続けている人物である。音楽を知り、昭子の年齢を知るものにとって、予想外の難曲であることは言うにまたない。それを晴れの舞台で弾こうというのである。昭子を知る母静子にしても、当然うまく弾きこなせるだろうか、その不安はあるにしても、よくよく昭子を知...
小説 ピアノ演奏(3) 2020年8月10日 2人が学校の校門をまたぐと運動場の校舎側にテントがはられ、出店のもうけられているのが見えた。 何をされているのかは分からないが、それなりの人だかりである。荷物を運ぶのに使われたのか、そばに一台のリアカー。 講堂はそれらの向こう側にあって、2人は近づいていく。 後ろから来る人。進むにつれ、顔見知りの人もあって会釈を交わす...
小説 ピアノ演奏(2) 2020年7月27日 昭子にとって、楽譜は単なる音符の羅列ではなく、その秘められた内なる内容を自然にくみ取れる才能を備えていて、曲の中での調整の変化、和音の展開、その動きの中での内声の要となる動き、全体の流れの中でも特に重要視しなければならない箇所とそうでないところ、本能的に読み取れる才能を備えていた。しかし、小さな手に離れた音を出さねばな...
小説 ピアノ演奏(1) 2020年7月13日 曲目は当然、行事の内容に華を添えるものが望まれたが、何よりも昭子の力量を最優先したうえでの選曲ということであった。 これまで、ピアニストになりたい。好きなだけにおぼろげではあったが、はっきりとした意識を持つにはいたっていなかった。が、こうして自分が人前で弾くチャンスを得られることによって、意識は自然に高まっていくのだっ...