「表現芸術家ピアニストの生き様」掲載中

 静子もEも専門家ではないにしても、素養はあり、今なお愛好家として関わりを持ち続けている人物である。音楽を知り、昭子の年齢を知るものにとって、予想外の難曲であることは言うにまたない。それを晴れの舞台で弾こうというのである。昭子を知る母静子にしても、当然うまく弾きこなせるだろうか、その不安はあるにしても、よくよく昭子を知る母静子だけに、途中で弾き止まることだけはあるまい、という安心感と誇らしさの入り混じった気持ちも抱いていた。
 到着するなり室内にいた3人のうち1人が深々と頭を下げ、場を後にする。
「はじめまして、今日はよろしくお願いします。静子がおじぎをすると残る二人のうち、一人の女性が「こちらこそ、昭子さんには本当にご面倒をおかけします。でも期待してるんよね。あっ、私一応ステージマネージャーということでお世話させていただくGといいまして」ならぶもう一人の女性を示すように見る。「こちらはいろんなこまごまとしたことを総合的にこなす役目をされる、まぁーどちらも同じようなもんですが、Hさんといわれまして、、、」
所作でしめし「何卒よろしくお願いします。」
二人は丁重に頭を下げた。

 早速Hは配慮を示し、おぼんにのせたお茶にお茶菓子を用意し、「大したもん何もありませんが、まあ、どうぞおかけになられ、お召し上がりくださいませ。・・・なんでしたら昭子さんにはラムネでも用意しましょうか」静子の顔をのぞき見るH。静子は敬われてにこやかに「お気遣いいただき、有難うございます。」と言い、昭子に「頂いたら」と言葉無く所作だけで示した。しかしいつもなら喜んで飲むはずの昭子が「いらん」と一蹴。
人前で演奏する。それも難曲を。流れの中、自らが受け入れ決めたこととはいえ、事を目前に控え、昭子は重圧感にさいなまされているのだった。このプレッシャー、ピアノ演奏が好きというなりゆき人生上、ピアニストになったとはいえコンサート毎に、付き人であるかのように、いつもそばにいて当然であるかのように付きまとう重圧感。

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