「表現芸術家ピアニストの生き様」掲載中

「昭子さん」
舞台では始祭の挨拶が地域代表有力者によって繰り広げられ、昭子はかたむけるでもなく耳をかたむけ終わるのを待っていた。
「私の指示に従って舞台にでるんよね」Gは言う。
代表者「・・・実は私は今日、先程まで昭子さんがなんの曲を弾くのか知らされていなかったんです。昭子さんはいっぱい弾きたい曲があって、この話があった時にはおそらくどの曲にするのかを決めかねていたんでしょう。私は音楽についてあんまり詳しくないのでわかりませんが、なんか内容的に難しい曲なんだそうで、昭子さんの年齢では普通には弾かない曲、ベートーベン作曲テンペストと云う難曲なんだそうです。それではこれから弾いてもらうんですが、静かに聴いてあげてください」
ステージ袖に控えるGは挨拶の終わりを確認すると、昭子のほうに視線を向け、出番はまだよ、とばかり目配せをした。彼女が間を置き舞台袖に出立つと、客席にはいっぱいの聴衆である。あっ、これは何としても弾きこなさなければ、咄嗟に胸の高鳴りを覚える昭子であった。

通称『テンペスト』と言われるこの作品は、ベートーベンが作曲したピアノソナタ第1番二短調作品31-2のことであるが、ヨーアヒムカイザーによれば、冒頭楽章二つの朗唱風な旋律が前後する。このレタチティーボは異郷の地、遠く離れたところ、ペダルの幕の背後の土地、概念ではもはや把握できぬ脱領域的な、魔法の国なる地帯を思わせる。ゆっくりした第一楽章のこのアルペジヨは、曲の構造上決定的な瞬間となり、これが第二楽章、それとすぐ感じ取れる旋律法や微かな太鼓の摺打ちやらに満たされたアダージョ賛歌の多声的な楽章の幕を開けることになる。最終楽章は、矛盾対立する解釈を許す。
悲歌風=民謡調なものとも解せるが、渦巻く波乱万丈も熱情に浮かされた興奮とも解せる。ヨーアヒムカイザーはそういった印象を述べている。(訳文 春秋社。)
 ベートーベンはこの作品を作曲している頃「私は今までの作品に満足していない。今後は新しい道を進むつもりだ。」そう述べたと言われるが、三つのピアノソナタ、第16番17番18番の中でもこの作品は特に革新的で、劇的な決意の表れを示す作品として知られている。

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