小説 9.グランドピアノ 2019年8月12日 昭子は自分の事でありながら、談話は二人の蚊帳の外に置かれていることを見てとり、 そっと部屋の中を見渡す。何よりも目の前のグランドピアノ。 初めて見るその大きさといい、真っ黒な色といい、自分がこれまで慣れ親しんできたオルガンとは あまりにもの違いに異様さを抱く。しかし“触ってみたい”、その昭子の好奇心を、 せい先生は見取...
小説 8.1950年(2) 2019年8月5日 「ごめんくださーい…。」返答を待つかのように聞き耳を立て、間をおき、再び呼びかける。 奥の方から、ピアノ音楽と重なり、か弱そうな女性の声。 「はーい、すぐに参ります。」わずかな間合いの後、戸の裏に人の気配があって、開けられたかと思うと、 品の良い年配婦人が現れた。 「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。」 上品な物...
小説 7.1950年 2019年7月29日 月日は流れ、父文太夫と母静子は、教職に追われ、昼間は留守。祖母に預けられた昭子、かわ ゆいばかりで気ままに育ち、生まれつきもあってか自立心の強い子として育つ。 音楽好きな両親。昭子もその血筋を引き継ぎ、ペダルに足が届くようになると、めちゃ弾きにの めり込んでゆく。 譜面上でのドレミ、鍵盤上でのその位置、それくらいは母親...
小説 6.オルガン(2) 2019年7月22日 遠のいていくはずの車がスピードを落とし、エンジンの鈍くなる音と共に杉谷家の前で停まった。 干し始めて間もなくのこと、静子がブラウスの袖に干し竿を通そうとしているその時のこと。近付 く足音がパタッと停まったかと思う男性の大きな呼び声。 「ごめんくださ~い。杉谷さ~ん。」予測していた静子は(来た)とばかり「はーい、すぐに」...
小説 5.オルガン 2019年7月15日 まだ見ぬ愛娘への初顔合わせ、楽しみに帰航上の人となるのだが、彼は蚊に刺されマラリアに かかり帰国と同時に隔離病棟に匿われることとなる。胸膨らませ、しかしすぐには会えない不憫さ から、音楽好きな彼は自分の思いを託し、昭子にオルガンをプレゼントする。このことが後、彼女 をピアニストへと導く大きな要因となるのだが、ピアノを初...
小説 4.1945年 2019年7月8日 昭子生誕の地、榎原も新日鉄住金和歌山製鉄所近隣に位置し、激しい空爆の余波を受ける。 1945年7月9日、21時過ぎ、ウーッ、ウーッ、...。途切れては鳴るその警報音。 寝つきにむずかる昭子をあやす母静子の胸にハッと不安が過る。近日何回となく体感していた 警報音。静子は恐怖におののく。防空壕に身を隠す下準備が脳裏をかすめ...
小説 3.1943年(2) 2019年7月1日 祖母はハッと頭を持ち上げ、立ち上がり急いで玄関へと向かった。 「いらっしゃいませ。お医者様でいらっしゃいますよね」 「ええ、そうですが、途中軍隊とはちあわせ、少し遅れてますかね」 「お待ちしておりました。さっ、お上がり下さいませ」 速やかに産室に招き入れる。 彼は状態を把握し、祖母に言う。「難しそうですね……」と。しか...
小説 2.1943年 2019年6月19日 昭和18年(1943年)2月25日、和歌山市、ともに教職員同士の親の元、一人娘として生を得た杉谷昭子。その生い立ちには戦火のすさまじい生き様が心の奥深く刻まれているという。 1937年、ドイツのポーランド侵略開始、そのことが起因となって始まる第二次世界大戦。 歴史の大きな節目の時に誕生した彼女であった。 躍動する時代、...
小説 1.出会い 2019年6月19日 出会い。 その相手が自分の人生に及ぼす影響性。かみしめている人は多いことであろう。私も、そのような関りを持つ人物が2~3人いて、その中でもピアニスト杉谷昭子女史との出会いは、調律師という職業を続けているにあたって、なくてはならたい存在となっている。 彼女にとって、何が私との関りを深めることになったのか、彼女はピアニスト...