小説 15.レッスン(4) 2019年11月11日 何よりもピアノ演奏を楽しみにし、それを生きがいのようにしているせい先生にとって、他のことは余程のことでない限りこだわりを持たれることはない。レッスンの付き添いについても、誰が着いてくるのか、ほとんど関心のないことであった。そのようなせい先生であったからなのか、昭子が来着しているにもかかわらず、演奏にふけって気付かれず、...
小説 14.レッスン(3) 2019年11月4日 これまで好きと楽しみだけで母とともに弾きこなしてきたオルガン、その姿勢の矯正、指摘を受けたことのない昭子にとって違和感を抱かないではなかったが、子供の順応力すぐに馴染む。 そして「これから次のところに入るんだけど」そう言って「ドレミレファミレドー」と先生は実際の音符の長さをはしょって口ずさみ、その楽譜のバリエーション部...
小説 13.レッスン(2) 2019年9月9日 ピアノ前の椅子に腰掛ける昭子。譜面台に置かれた教則本をせい先生は広げ 「26番まで弾いてきてるってことは、お母さんに習ったにしても、昭子ちゃん、 楽譜かなり読めるんだってことだし、楽典もそれなりに解ってるってことなんよね。 本の最初に書かれているちょっとした楽典なんか説明しなくっても大丈夫なんよね。 とにかくさらってき...
小説 12.レッスン 2019年9月2日 待ち遠しかった初回のレッスン。 昭子の両親が勤め人であり、遠方からの通いであることを考慮され、 土曜日午後3時半からのレッスン時間をやりくりされたせい先生。 我流であったとはいえ、先週昭子の弾くピアノを聞き、密かな期待をこめられてのことであった。 せい先生の母、あの先週の老婦人に案内され、入室した静子に昭子。 「お世話...
小説 11.バイエル・メトードローズ(2) 2019年8月26日 まずはバイエル。好きと、母の手ほどきで楽譜をある程度読み取れるようになっていた昭子。 その見る目に『えっ、こんな』と、予想外な表情。 彼女が期待していたピアノ指導教材それだけの内容を読み取ることができない。 バイエルについて、最初の気負いは無くなり、これはと、メトードローズを見開く。 バイエルよりは自分の音楽的嗜好性に...
小説 10.イエル・メトードローズ 2019年8月19日 この当時の事を振り返り杉谷昭子女史が言うに、 音が出て、音階があってその幅は広く、和音が出せる。 生まれつき音楽好きだった自身にとって、オルガンは最高のオモチャであり、 行き届いてはいなかったとは言え、母との長い間の音遊び、ピアニストとしての表現の自由さ、 豊かさを身に付けるにあたって、無くてはならなかった源泉期、と述...
小説 9.グランドピアノ 2019年8月12日 昭子は自分の事でありながら、談話は二人の蚊帳の外に置かれていることを見てとり、 そっと部屋の中を見渡す。何よりも目の前のグランドピアノ。 初めて見るその大きさといい、真っ黒な色といい、自分がこれまで慣れ親しんできたオルガンとは あまりにもの違いに異様さを抱く。しかし“触ってみたい”、その昭子の好奇心を、 せい先生は見取...
小説 8.1950年(2) 2019年8月5日 「ごめんくださーい…。」返答を待つかのように聞き耳を立て、間をおき、再び呼びかける。 奥の方から、ピアノ音楽と重なり、か弱そうな女性の声。 「はーい、すぐに参ります。」わずかな間合いの後、戸の裏に人の気配があって、開けられたかと思うと、 品の良い年配婦人が現れた。 「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。」 上品な物...
小説 7.1950年 2019年7月29日 月日は流れ、父文太夫と母静子は、教職に追われ、昼間は留守。祖母に預けられた昭子、かわ ゆいばかりで気ままに育ち、生まれつきもあってか自立心の強い子として育つ。 音楽好きな両親。昭子もその血筋を引き継ぎ、ペダルに足が届くようになると、めちゃ弾きにの めり込んでゆく。 譜面上でのドレミ、鍵盤上でのその位置、それくらいは母親...
小説 6.オルガン(2) 2019年7月22日 遠のいていくはずの車がスピードを落とし、エンジンの鈍くなる音と共に杉谷家の前で停まった。 干し始めて間もなくのこと、静子がブラウスの袖に干し竿を通そうとしているその時のこと。近付 く足音がパタッと停まったかと思う男性の大きな呼び声。 「ごめんくださ~い。杉谷さ~ん。」予測していた静子は(来た)とばかり「はーい、すぐに」...