「表現芸術家ピアニストの生き様」掲載中

自分の思いと周りの反応にずれがおこることは珍しいことではないが、幼い昭子、その体験はすくなく、選別意識も加わり不安を抱くのだった。
 注目の中、昭子は自席に、B子は教壇の上のピアノの前へと入れ替わり、みんな関心の最後の演奏が始まる。
 B子は学級委員長という役柄上、人前で事をなすことに慣れているとは言え、さすがに緊張していて、曲の流れがぎこちなく、さらにタッチの強さのあるせいか、昭子には一本調子にきこえてくる。
聞き進むにつれ、拍子感覚がないことに・・・また、スラーの終わりも乱暴な強音で装飾音符はあってなし。右手メロディ部分と左手のバランス感覚もなく、32分音符の部分はハノンの練習曲のようで昭子にしてみれば、音符をただ鍵盤上に乗せ替えた、それだけの演奏で音楽とは言いがたいものにきこえてくるのであった。
小学四年と言えばそれなりに物事の判断が出来る年齢。音について時代的にも専門的な教育を受けた者は少なく、むしろそうであったが故に染められていない本来の音の美しさを直感する生徒たちであった。
大きな音が出て、しっかり弾いているB子。一見B子に、と思う人がいて不思議はない。それに比べ昭子は音が小さく、しかし美しさがあって、演奏の起承転結、抑揚があり、聴く者を惹きつけるところがあった。担任のD先生の本音はわからないにしてもクラスの牽引役として役立つことのあるB子、彼女に花を持たせてやりたい、その下心はあって当然。

 逆に昭子は秘めたライバル意識を強め、自分の演奏後、期待はずれだった拍手に疑問を抱いている。それだけに昭子はこれから先生が募るであろう多数決、気が気ではない。二人はともに内心はらはらであった。

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