遠のいていくはずの車がスピードを落とし、エンジンの鈍くなる音と共に杉谷家の前で停まった

干し始めて間もなくのこと、静子がブラウスの袖に干し竿を通そうとしているその時のこと。近付
く足音がパタッと停まったかと思う男性の大きな呼び声。
「ごめんくださ~い。杉谷さ~ん。」予測していた静子は(来た)とばかり「はーい、すぐに」と返答
を返し竿を掛け戻し、玄関へと出迎えた。
「荷物が届いてます。ちょっと大きいですから。」
「御苦労さんですね。わかってますよ。」
「しかしここに置かれると、おそらく私どもだけでは後から動かすのが難しいでしょうから、悪い
んですけど向こうの部屋まで持って行ってもらえんですかね」
昭子にとってどこに置くことが最もなじめることになるのか、静子は文大夫との相談に人ごとに
ない喜びを抱いたものであった。
運送人夫は三輪トラックに…、静子はオルガンを据え置く部屋の確認へと戻る。祖母も、物見が
てら、玄関先へと顔を出す。静子が据え置く部屋の確認に戻るのと鉢合わせになった、その時の
静子の表情には浮足立った気持ち表れがあった。
確認を終え戻ってきた静子。開け放たれた玄関先からオルガンの荷ほどきをしている作業人夫
姿を見る。
互いに見守るなか祖母が言う。「高かったんやろうな~。静子、お前も文大夫も音楽好きでただ
の置物になることはなかろうが、昭子にとって、はたしてどれくらい役立つもんになるんかの~。」
「そうなん、安いもんじゃあないし、しっかり弾いてくれればええんやけどね~。いずれにしてもあ
れば私も弾くことになるんやから。」
勘の鋭い昭子、一人遊びをしていながら時折聞こえてくる物音や声に、通常にない慌ただしさを
感じ取り、何事かと現れる。
「昭子、お父さんからお前に贈り物なんよ。オルガンと言って、高価な楽器なん。しっかり練習し
て色んな難しい曲も弾けるようになれれば、すごく楽しくなるんよ。」
「おばあちゃんは昭子が早く弾けるようになって、色んな曲を聴かせてくれるようになるのが楽し
みやで。」
昭子は自分への贈り物の届いている騒ぎであることを察し、しかし、この時点ではオルガンが彼
女の今後の自分の人生にどの様な意味合い、役割をもたらす事になるのか、分かろうはずのない
ことであった。そもそも目の前で荷ほどきをされているオルガン、自身にとってみた目にはそれほ
ど喜ばしい物には見えていないのが現実であった。

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