Home トピックス 2003年01月06日(月)ムジカノーバ 1月号 掲載記事より
2003年01月06日(月)ムジカノーバ 1月号 掲載記事より
2003年 1月 18日(土曜日) 15:07
同じピアノを違うピアニストが弾けば、違いは聴衆にわかるし、一生懸命弾けば、表現したいことが表現できると長い間思っていた。でも聴衆は違いを聴きに来 ているのでも生半可なものを聴きに来ているのでもない。ピアニストの表現したい極めつけを求めて来ている。微妙な音質の変化ができると同時に、大音響も出 る胸のすくようなピアノには、滅多に出会えない。悶々としているとき、私はある調律師に出会った。今まで聴いたことのない波のうねりのある上品な音で、私 の望む音をバッチリ作ってくれて、私は今までにない酔いと乗りを体験した。整音・調律がいいというのは、こういうことなのかと思った。その後CD「杉谷昭 子イン・ライブ」を作るため、その人所有のハンブルク製スタインウェイのフルコンサートグランドを山口県から東京のカザルスホールに運んでもらった。この CDは山野楽器銀座店の発売月売り上げトップを獲得した。この音のよさに、演奏会直後、山口県へ帰るピアノを急遽東京の自宅へ運んでもらった。そのピアノ が、今私がベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集の録音と演奏会のため、ホールに持ち込んでいるピアノである。
物事はよくなればよくなるほど多くの人がいいと思うものである。それを普遍性という。正確に楽譜が弾けることは大したことである。そのような努力ができる のに、なぜおもしろく音楽をする努力をしないのだろうと思う演奏に出くわすことがある。思ったように弾けなくてもおもしろいほうがいいと思う。調律だって 同じだ。正確に合わせるだけでなく(平均律はどうせ狂ってはいるが)、おもしろい調律をしなければ意味がない。ピアノは、ピアニストのどのような要求にも 応える状態でなければならない。だから私は自分の好きなピアノを持ち込む。調律師の名前は、知る人ぞ知る闘士、松永正行さんである。